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港南・栄支部 第1回教育研究集会 感想 日時 2011年8月31日 18:15?20:00 場所 栄公会堂 演目「哀しみの母子像」 講師 神田香織さん(講談師) ・講談の魅力がとてもよく伝わりました。とてもよかったです。ありがとうございます。(港南 30代男性) ・とてもよかったです。心に熱くひびきました。神田香織さんありがとうございました。(港南・50代男性) ・本件そのものは知っていたが、詳細の背景を知れてよかった。小学生にはショックが大きいので、伝え方の工夫を感じた。(港南 50代男性) ・事故のことは今でもよく覚えていますが、お母さんがそんなに辛い思いをしていたことは知りませんでした。このことを忘れずに国、米軍に訴えかけていかなければいけないと思いました。(港南 50代男性) ・大変参考になった。この講談を聞き、非常に悲しい思いを感じた。(港南 20代男性) ・知らなかったので、知ることは大切だと思いました。(港南 30代女性) ・深く、重く考えていくことを思い起こされる時間でした。ありがとうございました。若い教員のためにもこういった機会をまたお願いします。(港南 女性) ・恥ずかしながら初めて知りました。かずえさんのご家族の苦しみははかり知れません。横浜市民として知っておかなければならない話だと思います。ありがとうございました。(港南 20代女性) ・この事件はよく知っています。友達が「母が子供達の死を知らされた」という時のことを話してくれました。横浜とは遠い地で聞き、全国的に有名な事件でした。講談師の方の話大変すばらしかったです。心に深く刻まれました。(港南 50代女性) ・命・米軍・日米同盟など日本政府の対応への不信感ばかり感じました。神田さんの講談、ぜひ多くの教職員に聞かせてほしい!!ありがとうございました。(港南 60代女性) ・本日、事故の内容が詳しく分かってよかった。学校現場で子どもたちにも伝える機会をもちたいと思った。(港南 50代女性) ・事故は知っていたものの結末をはじめて知りました。2度とくり返してはいけないと強く思いました。(港南 50代女性) ・とてもよかったです。(港南 40代女性) ・大変勉強になりました。このような形で「平和」を考えるってとても良いと思います。(港南 40代女性) ・知っていた話ですが、講談のすごさに圧倒されました。二度とこのような事故がくりかえされないよう祈るだけです。(港南 40代女性) ・講談ははじめてでしたが、心に伝わるものでした。(港南 40代男性) ・心にしみるお話でした。こんな悲劇をくり返さないでほしいと思いました。(港南 40代女性) ・とてもよかった。涙があふれました。(港南 50代女性) ・すばらしい講談でした。9・27米軍ジェット機墜落事件、伝えなければならないと思いました。米軍基地があること職場でも話していかなければ。原発のことも!(港南 50代女性) ・結末の話にびっくりしました。そして大変ショックでした。真実ってなかなか伝わらないものですね。(港南 50代女性) ・以前フィールドワークで事故現場に行ったことがあります。大切なことを再度確認できた思いです。自分の中でも風化させてはいけないですね。(港南 40代男性) ・ほとんど知らなかったので、今日聞けてよかったです。いろいろ考えさせられました。もっと知らなければと思います。横浜の教育として。(港南 30代女性) ・34年前の怒りがよみがえりました。(港南 女性) ・米軍基地とは何なのか、もっと意識して考えていきたいと思いました。講演会はとても心に迫りました。ありがとうございました。(港南 30代男性) ・米軍だけでなく医療についても怒りを感じる。(港南 50代) ・自分が生まれたころの話で知らなかった事件を知ることができてよかった。(港南 30代女性) ・悲しすぎる実話でした。(港南 30代男性) ・知らないことも多かったので勉強になりました。ありがとうございました。(港南 20代女性) ・生まれが東京でこの事故じたい知りませんでした。横浜市民として知っておくべきと思います。ありがとうございました。(港南 20代女性) ・初任校が緑区で話は知っていました。「パパ ママ グッバイ」の絵本を使って平和教育をしたこともあります。でもやはり生の講談の迫力は心に響きました。ありがとうございました。(港南 40代) ・終わる時間を明記してほしい。子どもを預けているので。(栄 20代女性) ・大変心に残る内容でした。平和について深く考えさせられました。(栄 40代女性) ・「参考になった」というよりも心がゆさぶられました。(栄 30代男性) ・ニュースでのことしか知りませんでした。事実をきちんと知る、また伝えていくことの大切さを再確認しました。ありがとうございました。(栄 50代) ・初めて知ったお話でした。事実を知ること改めて大切だと思いました。ありがとうございました。(栄 20代女性) ・この悲劇は初めて知りました。お話を聞いていて、当時の様子が見えるようで苦しくなりましたが、聞けてよかったと思いました。(栄 20代女性) ・講談のおもしろさを感じました。事件の詳細がよく分かった。(栄 50代女性) ・事故ではなく事件だったのだと知りました。「母子がなくなった」「自衛隊がパイロットだけを助けた」くらいしか知らなかったので本当にたいへんなことが知らされていないと思いました。忘れてはならないお話がきけました。(栄 50代女性) ・すばらしかったです。来てよかったです。とりはだがたちました。このような機会をありがとうございました。(栄 40代男性) ・リアルにその時の様子が伝わってきて、考えさせられました。(栄 50代女性) ・すばらしい内容だったと思う。時間外でも来てよかった。子どもたちに語ってお礼にしたい。(栄 40代男性) ・小学生のとき映画を観たことがあり、その時の記憶がよみがえってきました。お母さんのことは今日初めて知りました。とても胸が痛みました。(栄 30代男性) ・胸がつまるお話でした。忘れてはいけない、語り伝えなければいけない話だと思いました。(栄 20代女性) ・とても深く考えさせられた。地方からきて知らなかったのでよかった。身近な話題だと思った。(栄 20代女性) ・事件当時、私は高校生でした。同じ横浜に住みながら、ここまで悲惨なで出来事が起き、それを周囲の力で守り支え抜けなかったことを重く受け止めています。これから私達が何をすべきか考えていきたいです。(栄 50代女性) ・話に引き込まれました。自分にも息子二人いるので、とてもつらかったです。と同時に怒りがこみあげてきました。感じたことを伝えていきたいです。ありがとうございました。(栄 30代男性) ・当時、私は子供(小学生)で、ある程度覚えていましたが、それより13年前の立野さんのことは知りませんでした。和枝さんが亡くなられた時の詳細も知りませんでしたが、大変ショックです。神田さんには是非、このお話を語り継いで頂きたいです。(栄 40代女性) ・風化しつつある事件を語り、とてもよいと思いました。(栄 30代男性) ・原発、戦争、基地を改めて考えさせられた。平和についても。(栄 40代女性) ・その通りだと思う。では基地をなくすということはどういうことかが大切である。(栄 40代男性) ・とてもよかった。知らなかったこと分かりました。こういう講談があることが分かってうれしい。(栄 50代女性) ・よくわかりました。あまりの悲劇にどうすればいいのか・・・。(栄 50代女性) ・大変な迫力があい、悲しみと怒りが会場いっぱいになりました。事件のことはあまり知らなかったので、大変参考になりました。ありがとうございます。(栄 20代女性) ・生で講談をきくことができてよかったです。お話の内容は悲しみと怒り・・・いろんなことを考えさせられました。(栄 30代女性) ・今一度考え直す機会となりました。(栄 50代女性) ・いねむりできませんでした。勉強になりました。(栄 50代女性) ・そんな事件があったとは知らなかったので、びっくりしました。いろいろ考えさせられました。(栄 20代女性) ・私も福島出身なのでとても心にひびきました。とてもよかったです。(栄 20代女性) ・自ら取材してきたことを、講談という形にして広く伝えていらっしゃることすばらしいと思いました。これからのご活躍を!私もこれからに生かしていきたいと思います。(栄 50代女性) ・もっと開始時間を早くして欲しい。(栄 50代男性) ・あの事故があった年に職につき、ずっと関心を持っていたので、これを話にしていただいて良かったと感慨深く聞かせていただきました。ありがとうございました。(栄 50代男性) ・「哀しみの母子像」のテーマが9・27米軍ジェットの土志田さん親子のこととは、会場に来て知りました。9・27は毎年集会に行っています。青葉区にいたので当たり前のように皆話しても通じていました。栄に来て40代の人と話しても知らない人がいて、逆に驚きました。「パパ ママ グッバイ」の本にもなっていたので知られているのかと思いました ノ。本日講談自体はじめてでしたが、講談とよい出会いができました。(栄 50代女性) ・様々なことを考えさせられました。これからもぜひ多くの方に伝えていただきたいです。(栄 40代女性) ・こんな事件があったなんて ノはじめて知りました。報道だけでなくその裏側も含めて、知り伝えていきたいと思いました。(栄 20代男性) ・講談初めてです。内容もとてもよかったです。(栄 50代女性) ・すばらしい研究集会でした。ぜひ、またこのような芸術の鑑賞や学習会をお願いします。(栄 50代女性) ・事故のことは知っていましたが、今日のお話で初めて知ったことがたくさんありました。とてもよいお話でした。(栄 50代女性) ・近くに住んでいました。大変なできごとだと当日も思いましたが、今日の話でさらに当日の事が思い出され、平和の大切さを感じました。(栄 50代男性) 昨夜は、素晴らしい講談を有り難うございました。天井ホールでお聞きした時も感動しましたが、昨夜はさらに磨かれて神田さんの魂の声に引き込まれました。 『平和について語る』2010年9月11日(土)於プラネタリウムホール |
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泉区9条の会連絡会結成記念のつどい
今回で2回目だったが感動はより大きく、涙が出てとまりませんでした ジェット機が墜落した話を聞いたことはあったが、これほど酷い内容だったとは知らなかった。私も戦争、自衛隊、アメリカ基地を日本におくことは反対です) 一つの種が増えている様な話であった 会場は涙涙。「涙が止まらなかった」「米軍は誰をまもっているのか」「母子像がよくわかった」 平和イベント「哀しみの母子像」アンケート集約(58人) |
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9/20 神田香織さん講談「哀しみの母子像」 畳み掛ける語りが家族の悲劇を伝える WE21にのみや 運営委員 光冨佳子 WE21にのみやは、会員・ボランティアミーティング企画として運営委員を含めて5人で参加しました。事故当日の時系列に合わせて、事故が起きる時間までの家族の様子や当日の米軍基地のこと、事故を起こすまでの米軍機の動きなどが語られました。 神田香織さんの畳み掛けるような講談の語りは、音響もまじえて、その場にいるかのような臨場感で私たちに迫り、この事故のすごさとその家族の悲劇が伝わってきました。これはテレビのニュースや新聞記事では感じ取ることのできない部分です。 当時の防衛庁やアメリカ政府の事故後の対応は、私たちにはすぐに伝わらず、まさかそんなひどい事が…と、驚くほど冷たいものだったと分かりました。アメリカと日本の力関係によって切り捨てられた民間人の悲劇と言ってもいいかもしれません。その後、批判や抗議を受けていくつかの点で改善されたとはいえ、基本的にはいまだに何も変わっていないのかもしれないと思いました。 また、横浜・港の見える丘公園にやっと建てられた母子像に対してすら、事故についての説明は付けてはならないという国の対応は、被害者よりもアメリカの方を向いていると思わせるものでした。 被害者と家族は、?家族を失った事故そのもの、?事故直後の自衛隊や米軍からの救助が無かった事実(もし迅速な救助がなされていたら、死なずに済んだかもしれない)、?事故後の対応の冷たさによって家庭が崩壊した悲劇(苦しい手術を乗り越えて生き延びた母親が、心理療法の未熟さと無理解でずたずたになり、支えてくれた夫とも離婚し苦しみの中で死んでいった)、という3つの悲劇を味わったのだと分かり、怒りを感じました。 考えてみれば、こういう種類の事故は理不尽だらけです。いつ誰が当事者になるかもしれない基地のある周辺地域のことや、基地と日本との関係について知り、平和について改めて考えてみなければと思いました。 |
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9/20 神田香織さん講談「哀しみの母子像」 畳み掛ける語りが家族の悲劇を伝える WE21にのみや 運営委員 光冨佳子 WE21にのみやは、会員・ボランティアミーティング企画として運営委員を含めて5人で参加しました。事故当日の時系列に合わせて、事故が起きる時間までの家族の様子や当日の米軍基地のこと、事故を起こすまでの米軍機の動きなどが語られました。 神田香織さんの畳み掛けるような講談の語りは、音響もまじえて、その場にいるかのような臨場感で私たちに迫り、この事故のすごさとその家族の悲劇が伝わってきました。これはテレビのニュースや新聞記事では感じ取ることのできない部分です。 当時の防衛庁やアメリカ政府の事故後の対応は、私たちにはすぐに伝わらず、まさかそんなひどい事が…と、驚くほど冷たいものだったと分かりました。アメリカと日本の力関係によって切り捨てられた民間人の悲劇と言ってもいいかもしれません。その後、批判や抗議を受けていくつかの点で改善されたとはいえ、基本的にはいまだに何も変わっていないのかもしれないと思いました。 また、横浜・港の見える丘公園にやっと建てられた母子像に対してすら、事故についての説明は付けてはならないという国の対応は、被害者よりもアメリカの方を向いていると思わせるものでした。 被害者と家族は、?家族を失った事故そのもの、?事故直後の自衛隊や米軍からの救助が無かった事実(もし迅速な救助がなされていたら、死なずに済んだかもしれない)、?事故後の対応の冷たさによって家庭が崩壊した悲劇(苦しい手術を乗り越えて生き延びた母親が、心理療法の未熟さと無理解でずたずたになり、支えてくれた夫とも離婚し苦しみの中で死んでいった)、という3つの悲劇を味わったのだと分かり、怒りを感じました。 考えてみれば、こういう種類の事故は理不尽だらけです。いつ誰が当事者になるかもしれない基地のある周辺地域のことや、基地と日本との関係について知り、平和について改めて考えてみなければと思いました。 |
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添付写真は昭和36年3月、国鉄 国府津駅近くに自衛隊機2機が空中衝突して線路間近に墜落し、民家5棟が全半焼したものです。私はたまたま「特急こだま」に乗っていて窓から写したものです。停電したためこだま号は蒸気機関車に牽引されて現場を通過しました。人身の被害は忘れましたが「列車を直撃していたら」とぞっとしました。 |
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憲法寄席2010夏席アンケートより(2010.7.28中野芸能劇場) Q6、「講談r哀しみの母子像」についての感想 A:被害者の最期の医療の現実を初めて知り、怒りに震えました。神田香織さんの語りの深さに感動しました。 B:事実に基づいたお話だけに、涙なくしては聞けなかった。二度とこのような悲劇を繰り返さないためにも、私たちはどのような運動なり働きかけをなすべきかを、改めて考えさせられました。 C:講談にしにくい内容だったと思うが、その勇気、挑戦に敬服。また米軍ジェット機墜落事故で負傷し、1年後に亡くなった母親が、武蔵野病院に転院させられたということは初めて知った。 D:33年前の事件とその後のことを、強く語って頂いたことに敬意を表します。語りの素晴らしさもさることながら、事件を伝えようと言う神田香織さんの気迫を学び、伝えたいと思いました。 E:ただただ感動でした。 F:米軍基地間題について、改めて考えさせられました。私も10年くらい前にこの話を書いた本を読みました。改めてひどい、哀しい話だと怒りにふるえました。 G:事実を知り、怒りと哀しみを感じました。これからも語り続けて下さい。 H:心を打つものであった。BG音楽はもう少し低くした方がよいのでは、講談が聞きとりにくい箇所があった。 I:この会のしめ、トリとして、会の目的、結論をはっきり示した作品であった。 K:深く感銘しました。亡くなった和枝さんの心の動きまで出されていて、涙が出ました。 L:この事故のことを思い出しました。忘れないように語り継ぐことの大切さを感じました。 M:迫力のある講談に吸い寄せらる思いでした。チャンスがあれば、私の地域(東村山市)の「9条の会」へも来ていただきたいと思います。 N:衝撃を受けました。 O:米軍基地の問題は、このままフェィドアウトしないで欲しいと感じました。自然と涙が出てしまいました。 P:生まれる前の事件でしたので、知りませんでした。明日ネットでもっと調べて知りたいと思いました。 Q:神田香織さんの存在の大きさを改めて認識しました。 R:素晴らしかった。講談がこんなにも真実を伝えられるものとは思いませんでした。 S(60代半ば):良かった。数年前に紙芝居を見て、いつも気になっていた事件です。また友達を誘って聞きに行きたいです。 T(60代前半):素晴らしかったです。基地間題を考えるヒントを得ました。 U:感動しました。 V:あまりに哀しい話でした。同時にこの話を米軍の責任者に叩きつけてやりたい気持ちに駆られましたが、まず自分たちの生活の場で一番効果的な戦術を生み出すべきなのでしょう。そこからこそ共同闘争の輪が生まれるのだと思いました。 X:熱演でした。最後の怒りに変わる部分が、一番大切な所だと思うのですが、怒りが印象に残るよりは、母親が辛い治療に耐える壮絶さに圧倒され、悲しみの方が優りました。音楽が悲しみを一層助長させ強すぎたのでは、という印象を持った。 Y:ショッキングだった。1977年9月の米軍ジェット機墜落事故はもちろん知っていたが、その後日談を全く知らなかった。いくつになっても知らないことがあるものだ。自分の不明を恥じるのみである。 Z:圧巻である。語りの凄さに圧倒された。観客をねじ伏せるがごとく、惹きつけていく。二人の講談を聴き、語りは映像よりも残像が強く、想像力を掻き立てられるものだった。神田香織さんの熟成させた、じっくり聴かせる芸に触れることができた。 <その他> (70代半ば):特に前半のドキュメンタリックな話の運びが良い。次第に国と米軍の無責任さが浮かび上がってくるという展開には、アクチュアリティがあった。全体として、講談の新たな可能性と感情移入過多(音楽の問題も多分にあるが)という旧い面との二面性をもった舞台であった。 (70代前半):講談の持っドキュメタリィ性を、神田香織さんは表情豊かに語って くれた。事故の犠牲者である和枝さんは、折角一時快方に向かっていたにもかかわらず病院で亡くなったのは、必死で抗議する彼女に手を焼き扱いに困ったゆえ、狂人扱いをすることで最後に生命の管を抜いたのは病院側というより、国と米軍の策略ではないかとすら思える怖い話だった。こうした事件を講談にして語り継ぐ神田香織さんに敬意を感じる。強いて改善点をいえば、使用されている音楽は、ともすれば話に寄り添いすぎ、観客の情感を煽る通俗的ともいえる。特に和枝さんの精神が変化し事件への怒りに転じていくところなどは、もっとシャープで奥の深い怒りを表現する音が欲しかった。(例えば、私の趣味でいえば、鼓太鼓の高い音が激しく鳴るとか)この作品に対する音楽からの独自のアプローチ、ある種の批評性がぶっかり合ってこそ、立体講談と言えるのではないだろうか?あくまでもさらなる期待を込めての意見ですが。 |
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