二つ目
入門11年、そろそろ真打ちに!の呼び声高く日々東奔西走、着物がよく似合う売れっ子です。
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前座
 いわき市出身の私のもとに栃木生まれの弟子が入門、ともに尻上がりイントネーション、天然で体育会系というのも偶然の成せる業か!?おそろしやわれら師弟、二人で尻上がり講談協会を立ち上げようか!
この度、前座となりました神田織奈と申します。
体育大卒業後、ラジオを中心に喋る仕事をして参りました。
スポーツ、ラジオ、そして・・・講談。
今までの経験を活かし、さらにこれから学んでいくことをしっかりと吸収し、
味のある、そして個性ある講談師になっていけるよう、日々精進して参ります。
皆様、どうぞよろしくお願い致します。
 ブログ 
織史
見習い
前座九人の内、唯一の男性、山緑くんが九月から二つ目に昇進。前座が全員女性!講談五〇〇年の男達の歴史がひっくり返るこの危機に、忽然と私の元に舞い降りたおのこ一人。講談会の救世主とは彼のこと!?七月から見習いデビュー、乞うご期待!

「外かんだ一門」の紹介 世間でも通用すると私が認めた講談師。講談協会に入っていない「外」の弟子たちです。亭号「神田」に遠慮してひらがなの「かんだ」

(みどり)

二つ目

女優とみせては営業廻り、営業とみせてはチラシも作る。劇団「うりんこ」の看板団
員。2年前見事に「鉢の木」を語った業績により、そとかんだ第一号を認められた名古屋の弟子です。
織丸
(おりまる) 
「憲法寄席」の中心メンバー。自作の社会派講談をひっさげ、声がかかればどこへで
も?。古典のネタも増えて着物姿も板についてきました、よっ、織丸!
厚織
(あつおり)

二つ目

無口だった青年は講談に出会って豹変した。好男子が、講談師に!声は大きくなり、白髪が黒くなり・・・・講談サロンの教材テキストも手がけ、自称「元祖宇宙人」はどこまで「地球人」に進化するか?新作「無実のボクサー袴田巌物語」を制作中
林眞須美
ますみ

 見習い

現在、大阪拘置所内にて修業中
正織
 自己紹介?芸人にとっては高座がすべてです。高座をご覧ください。・・・・・一度言ってみたかったんです。それではわたくしの華々しい芸歴の紹介を。小学校4年生から6年生まで学芸会の演劇で主役でした。なにせ手をあげて主役を希望したんです。先生が「又佐藤か・・・」なにせB型ですから。中学生のときにフジテレビ「しろうと寄席」に漫談で出演。「お歳暮の歴史は古いんですよ、最初にはじめたのはあのマリア様、聖母(歳暮)マリア・・なんちゃって。」(今とレベルが、そうです昔から高かったんです。)同じ時期にやはり中学生だった片岡鶴太郎さんも出演、鶴ちゃんはプロの道へ。ある時は劇団「天井桟敷」の新人募集に応募するも不合格。長じて「大宮デン助芸能学院」「東京アナウンスアカデミー」「人形劇サークル」「演劇サークル」「カラオケサークル」「劇団樹座(作家遠藤周作主宰)」。以上順不同。どれも長続きせず。そして「講談教室」。今までのよりは続いています。華々しいというより、ばかばかしいわたくしの芸歴の紹介これをもちまして読み終わりといたします。
司織
 生まれ育ちは、福島県いわき市。いわき弁で育ち、子どもの頃は男の子と一緒に野球、カン蹴り、かくれんぼなどで遊ぶ。 結婚して神奈川県横浜市に住み、すっかりシティーガールに変身する。子育てをしながら社会の不合理に目覚め、横浜のジャンヌダルクかマザーテレサか・・・と自己錯覚しながらも、突き進む毎日。本卦還りの年を間近にし、「講談はその昔、ジャーナリズムであった」との言葉にいたく感動し、講談の世界に飛び込む。飛び込んだはいいが、まだ浮き上がれない私である。